初日

2012年7月1日、今日から始めます。どうなりますことやら。気軽にやりますのでどうぞ気軽にお付き合い下さい。

この5月でリタイアしフリーになりました。なかなかいいものです。何よりも家族の皆んなから口々に「長い間ご苦労さま、後はのんびりと」とねぎらいのメッセージをもらったのが嬉しかった。いい気分になりました。

さて、このブログあらましは別ページに書きました。今一番興味を持っており興味が尽きないのが源氏物語なのでそれをベースに日々時間を過ごして行ければと思ったものです。

源氏物語、面白いですよ。でもキチンと読まないとあらすじやダイジェスト版ではその良さは分かりません。時間もかかります。そしてそれがいいところなのです。

初日のご挨拶からそそのかしの一文になってしまいました。ごめんなさい。。

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源氏物語 - 長い&登場人物が多い

源氏物語は長編です。原文で400字詰め原稿用紙2300枚とのこと。現代語訳もそんなに変わらないでしょうから寂聴さんの講談社文庫版を例にとると10冊で合計3158ページあります。1時間60ページのペースで読んで50時間ちょっとかかることになります。こりゃあ、長いです。

そして登場人物総数は400人以上に上り、主要人物だけでも数十人にはなります。長編小説では先ず主要登場人物の名前を頭に叩き込みそれを反芻しながら徐々に小説の世界に入っていくのが常道でしょうが、源氏物語ではなかなかそうは行かない。実名で登場する人はなく、みなその時の官職名やら愛称・通称やらで呼ばれるし、「○○邸に住んでいる姫君」とか「○○の時xxを歌った男」とかの言い方も多く出てきます。

それも常に同じ言い方ならまだしも主要人物はドンドン昇進出世していくから呼び方がその都度変わる。ややこしいこと限りないのです。準主役の所謂「頭の中将」を例にとれば最初桐壷の巻で「蔵人の少将」として登場し、次の「帚木」の巻雨夜の品定めでは「宮腹の中将」、その後「権中納言」「右大将」「内大臣」「太政大臣」「致仕の大臣」と昇進に応じ呼称されます。これでは我々はたまらない。そこで古来源氏物語の読者は彼をして「頭中」(とうちゅう)で一貫して考え、話すようにしてるのです。

このあたりの煩雑さで「もういいや」ってなってしまう人多いと思います(私も最初はそうでブチ切れてました)。

でも自分なりの工夫と努力で乗り越えれば道が開けてくるのです。手助けとなるのが「系図」と「年立」と「地図」です。この辺り、また。。

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源氏物語は古文である

源氏物語の原文は名文だと言われるが「無類の悪文だ」だとこき下ろした正宗白鳥に代表される嫌悪派も多いようです。名文かどうかはともかく古文であることには間違いありません。

古文と言うとどうしても受験勉強の思い出につながります。私も古文は大の苦手でした。文法やら語法やらさっぱり分からない、って言うか実にあいまいにしか思えない。数学や理科なら答えは一つしかないんでスッキリしているのだが古文となると解答を見てもよく分からない。かくて苦手意識が芽生え嵩じて嫌悪感を持ってしまう。大方の人はそんな具合じゃないでしょうか。

古典をやるにあたって確かに古文には抵抗がありました。でも17才じゃ分からなかった色んなことがこの年になってくると見えてくる。そうすると古文も段々と分かってくるのです。

古文と言えど日本語であることに変わりはありません。外国語ではありません。主語・目的語・述語の順番も今と同じ、即ち古文法などと殊更に考えることもないのです。

一つ一つの言葉をとらえても現代とは語義が違ってきているのもありますが、それはむしろ少数で大半は同じ言葉が使われているのです。古文法・古文の単語などと殊更強調されることもないのです。、、、居直りと言うか割り切りでしょうか。

どの部分だったか忘れましたが「大和魂」という言葉が出てきた巻があり、「へぇっ、こんな言葉使われてたんだ」と感激したことありました。その部分に行きましたらポイントアウトします。

私は源氏物語を読むにあたり、古文の受験参考書にざっと目を通しましたがそれだけです。古語辞書も特に引いていません。テキストの語釈だけで十分ついて行けますから。

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源氏物語の和歌

源氏物語には和歌が795首含まれています。この時代和歌が想いを伝える重要な手段であり、男女の想いを描いた源氏物語に和歌が沢山出てくるのは当然でしょう。

一番多い巻が「須磨」で48首、「明石」の30首と合わせると「須磨」「明石」の両巻で78首、約10%になります。都を離れていた源氏と残された人々の交流手段は和歌しかなかったということです。

この重要な和歌、我ら素人には誠に厄介です。地の部分はなんとか読み解いていけても和歌になると世界が飛んでしまうのでスンナリとは分からない。寂聴訳も円地訳もサラっとしか説明してないしテキストの語釈も所詮は語釈。さりとて自分で調べまくるのも能力的にも時間的にもできない。さりとてなおざりに読み飛ばすのはまずい、、、結局「できるだけ理解に努める」ということでいいと割り切っています。

「読み進め方について」に書きましたが、巻名の由来となった和歌を中心に各巻2首づつ覚えて行くことをお勧めします。毎日復誦する度に「桐壷」から「夢浮橋」まで源氏物語の流れが頭の中に蘇る。いい気分になりますよ。

そして厄介というか不可能なのは無数に登場する引き歌。プロの研究者でも未詳の歌が多数あるようなので、まあ引き歌は余り気にしない、語釈だけで行くということでいいでしょう。でも「夕顔」の巻で源氏が随身に古今集を引いて花の名前を尋ねる「をちかた人にもの申す」のくだりなどはいいなあと思います。(テキスト①P192)

源氏物語の和歌は勿論登場人物が詠み合う歌なので全て紫式部が登場人物になり代わり作ったことになる。幼い時の紫の上の歌も不器用な末摘花の歌も無教養な近江君の歌も全てです。これはすごい、藤原俊成はこのことを「源氏見ざる歌詠みは遺恨事也」と言っています。

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源氏物語 - 書かれた時代・舞台となった時代

4年前の2008年が「源氏物語千年紀」として話題になった通り、源氏物語は今から1000年前に書かれた物語です(勿論何年もかかって)。400年続いた平安時代の真ん中ほど、武士の勃興はまだなくまさに貴族の世の中で、歴史の教科書に出てくる王朝文学が花開いた時代です。

キーパーソンは一条帝とその后である中宮定子・中宮彰子、それと藤原道長でしょうか。これに清少納言と紫式部がからむ。紫式部がなぜ、どんな目的で源氏物語を書いたのか賑やかな議論がされており非常に面白いのですが、上記の面々がキーパーソンであることは間違いありません。

「源氏物語の時代」一条天皇と后たちのものがたり(山本淳子・朝日選書)

この辺りを分かりやすく小説仕立てで書いた名著です。(実に面白い。でもいくら周辺知識は多い方がいいと言ってもこういう参考書ばかり読んでると教科書を読む時間がなくなる、、難しいところです)

そして源氏物語の舞台は1000年から遡ること100~50年ほどの宇多‐醍醐‐朱雀帝のころかと言われています(これも諸説あろうが)。ざっと言うと現代の作家が大正~昭和の前半を舞台にした小説を書いているってところでしょうか。

物語の期間としては光源氏誕生の時から始まり幻の巻で退場するまでが50年ちょっと、15年余の間をおいて宇治十帖が10年弱だから合計でおおよそ7~80年間の話と言う訳です(大よその数字です)。

とにかく細かいことにはとらわれず大雑把に骨組みをつかむことが大事だと思います。

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源氏物語の舞台

テキストは字ばかりで誠に味気ない(小さな絵が極まれに出てくるが)。どんなところの(地図上の)どんな舞台で(屋敷の様子など)物語が展開しているのか視覚で感じておくと物語を理解する上で助けになると思います。

ムック本などで源氏物語の舞台を歩くなんてのが沢山出ているので参考にするといいでしょう。でもそれは源氏物語への興味を深めるためにはいいでしょうが、読み解きには余り関係がありません。むしろ地図です。これはあれば便利だと思います。

お勧めは「京都源氏物語地図」(思文閣出版)。表に京内、裏に京外の地図があるだけのものだが登場人物の居宅が網羅されている。源氏がどの屋敷に居てどの屋敷の女君を訪ねたのかが分かるので臨場感が出るのです。我が講読会では都度地図を広げ舞台の位置関係を確認していました。「なんだ、すぐ隣じゃないか」とか「あれ、これ大分遠いな」なんて風に。これはよかったです。

京外についても私は嵯峨ぐらいしか知らなかったので便利に使えました。宇治十条では宇治との位置関係、比叡山・小野との位置関係なんかが重要です。距離やルートがイメージできると匂宮や薫が如何に苦労して宇治に通ったのかがよく分かります。

他では須磨・明石は自明ですし、後は玉鬘の九州・長谷寺、住吉神社、逢坂の関くらいでしょう、地図などなくても大丈夫です。

また舞台をイメージするのに、内裏の図・六条院の図など必要です。冒頭桐壷更衣が桐壷から帝の御前に渡るのがどれほど遠かったのか、位置関係はどうだったのか頭にないと、いじめの感じがつかめませんから。内裏の図、テキストにもあるにはあるのですが第6巻まで出てこない、この点不親切。でもネットにいっぱいありますので参照されればいいでしょう。

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紫式部のこと

源氏物語の作者が紫式部であることは周知のことでしょう。だがあの大長編が本当に紫式部一人で書かれたものなのかについては研究者間でも議論がなされており、異論を唱える人も多いのです。確かにそれらの説を読んでみるとなるほどそうなのかなあと思うこともあります。でもアマチュアは「紫式部が一人であの長編を書いたんだ、いや、すごいなあ」でいいじゃないですか。

物語を読んで行くにつれてその筋書きの巧妙さ、読者の期待を裏切らない、でも読者の予想は裏切るなんて場面がいっぱい出て来て講読会では「えっ、そうだったの、式部は偉い!天才だ!」って口々に叫び合うことになるのです。

紫式部についてのポイント
  970年ころ出生 父受領階級の藤原為時(晩年越前守になり福井に赴任)
             幼少より和漢の学に秀でる
             式部自身も父に随って越前に住んだことあり(2~3年間)
  998年      相当年上の藤原宣考と結婚、3年後宣考死亡(疫病)
 1006年      中宮彰子に出仕
 1008年      源氏物語 若紫流布 (公任とのこと)
 1010年      彰子に皇子誕生 → 紫式部日記
 1014年ころ    没か?(諸説あり)

紫式部日記、確かに面白いし源氏解読には役立つと思います。でも私は源氏物語に挑戦中はとても時間がなくて読めませんでした。終えてからざっと読み理解が深まりました。余裕のある方は現代語訳ででも読まれるといいでしょう。

出自や性格など清少納言との比較で色々言われているが、「源氏物語」と「枕草子」は全く異なるジャンルなので私には余りピンと来ません。でもお互いライバルだったことには間違いなさそうです。

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源氏物語はものがたりである

源氏物語はフィクション、小説です。即ち作者紫式部による全くの作り事、お話です。従って身の廻りの事を述べた枕草子、方丈記、徒然草などとは根本的に違うし、平家物語ともジャンルは異なると思います(日本の古典文学としていっしょにくくるべきものではなかろう)。

平家物語はものがたりではあるが(フィクションを交えながらではあるが)ベースとしては歴史に基いて平氏の興亡を描いているわけで、謂わば司馬遼太郎の歴史小説と思えばいいのでしょうか。

源氏物語は全く違います。登場人物は全て紫式部が作り出した架空の人物です。人物像を作り上げるにモデルは色々といたのでしょうが、それらをミックスし光源氏なり紫の上なりを作り出していった訳です。従ってものがたりの筋書きも作者の思うまま、時には読者の意表をつき、時には読者の期待に応え喜ばせ、そして時には登場人物のセリフを借りて作者の主張を展開する、、やりたい放題なのです。だからこそ複雑ながらもとてつもなく面白い話として仕上がっているのではないでしょうか。

従って読み方、味わい方も「作り話を楽しみながら読む」ということに尽きると思います。登場人物に寄せる思いも読者によって異なるでしょうし、感動を受ける場面も異なってきます。だからこそ、読書会で意見を述べ合う事が望ましいのです。

紫の上に子供がいたらどうなってただろうかとか、浮舟の選んだ道は間違っていなかったのだろうかとかを仲間と語り合うのが楽しいのです(講読会ではお勉強の後、ワインとつまみで延々とフリートークをしていました)。

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閑話 源氏香‐52通り

香は既に平安時代貴族の嗜みであったようで、源氏物語にも第32巻「梅枝」の巻で薫物合せ(たきものあわせ)として取り上げられている。それに因んで源氏香というのがあり、5種の香を5つづつ合計25用意し、そこからランダムに5つを順番に嗅いで(聞いてが正しいか)、どれとどれが同じだったかを当てるゲームのことです。

この組み合わせが52通りあるということで源氏物語54帖から最初の桐壷と最後の夢浮橋を除く帚木~手習までの巻名がつけられている。縦線5本を同異に随い結ぶ独特の図柄で面白いのだが何故52通りになるのか、数学的な回答は難しい。

結局力技で並べてみると(簡単ではなかったが)確かに52通りになるのです。 以下Aを1つ目とし、違うのが出てきたらB、C、D、Eとすると52通りは:

1.AAAAA 2.AAAAB 3.AAABA 4.AAABB 5.AAABC 6.AABAA 7.AABAB 8.AABAC 9.AABBA10.AABBB 11.AABBC 12.AABCA 13.AABCB 14.AABCC 15.AABCD 16.ABAAA 17.ABAAB 18.ABAAC 19.ABABA 20.ABABB 21.ABABC 22.ABACA 23.ABACB 24.ABACC 25.ABACD 26.ABBAA 27.ABBAB 28.ABBAC 29.ABBBA 30.ABBBB 31.ABBBC 32.ABBCA 33.ABBCB 34.ABBCC 35.ABBCD 36.ABCAA 37.ABCAB 38.ABCAC 39.ABCAD 40.ABCBA 41.ABCBB 42.ABCBC 43.ABCBD 44.ABCCA 45.ABCCB 46.ABCCC 47.ABCCD 48.ABCDA 49.ABCDB 59.ABCDC 51.ABCDD 52.ABCDE

1.が全部同じで帚木、52.が全部異なるで手習とのことです。

さて、6種あったら何通りになるのでしょうか(考えようかと思ったけど止めました。誰か理科系の人いませんか)。。。

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参考書・副読本

小学館の古典セレクションは誠に優れもので原文の読み解き自身はこれ一冊で十分やって行けると思います。ただ理解をよりスムースにするため或いは一歩進んで味わって行くには参考書・副読本があった方がいいでしょう。副読本としては数ある現代語訳から一つ選び古典セレクションに少し先駆けて(一月分くらい)予習をしていくのがいいでしょうか。この現代語訳はざっと筋をつかむために読むもので、寂聴さんでも円地文子でもリンボウ先生でも構わないでしょう。(ボクは読んでませんが橋本治の「窯変源氏物語」まで行くとどうでしょうかね。彼の解説書「源氏供養」は面白かったですけどね)

私が講読会に並行して読んだ参考書は、
 ①現代語訳は瀬戸内寂聴「源氏物語」(講談社文庫)
   一番ポピュラーな現代語訳か。「女人源氏物語」も平易でいい。

 ②「わたしの源氏物語」瀬戸内寂聴(集英社文庫)(宇治十帖はない)
   各巻のポイントを述べた解説書、分かり易い

 ③「光る源氏の物語」大野晋&丸谷才一(中公文庫)
   大国文学者大野晋と大作家丸谷才一の読み解き対談。明解な切り口がいい。
   この場面「実事」ありやなしやと真剣に議論してるのが楽しくなります。

 ④「源氏物語」大野晋(岩波現代文庫)
   源氏物語成立論と紫式部について詳しく書かれているオーソドックスな本

他にも随分色々読みましたが並行しては時間的にも無理だと思います。原文に集中した方がいいと思います。

大和和紀の「あさきゆめみし」も参考になると思います。彼女は相当勉強している。勿論デフォルメが多いけど絵で示してくれてるので衣服・調度・用具のことやらがよく分かる。受験生は読んだらしいので子供部屋の本棚にあるかもしれませんよ。。
 

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年立 年表

源氏物語では何年の出来事かの叙述は一切ないので、物語の進行を光源氏の年令を基準にして(第三部では薫の年齢)年表を作って整理する方法が一般的です。これを年立(としだて)といい、源氏物語の解説書にはよくついているので参照するといいでしょう。できれば自分で独自の(簡単なものでよい)年立を作ると理解しやすいかと思います。

私は源氏=G、薫=Kで  G○○年とかKxx年とかで表示してテキストの上部に書き込んでいました。例えば「帚木」の雨夜の品定めは光源氏17才の時の話だからG17年5月のことだし、須磨に流れたのはG26年3月のこと、藤壷が崩御したのはG32年3月ということになります。

もう一つ、登場人物の年令も重要だと思います。これは光源氏を基準とし同年令なら0、年上は+、年下は-で表示し登場人物毎に一覧表にしておくと読んでいくとき参照しやすいかも。

例えば、葵の上=+4、藤壷=+5、六条御息所=+7、紫の上=-8、明石君=-9
などとなります。

即ち、「葵」の巻で葵の上が亡くなったのはG22年のことだから、葵の上は26才でなくなった。「賢木」の巻で六条御息所が伊勢に下ったのはG23年だから、その時六条御息所はすでに30才になっていたんだなあ、、なんて具合にです。

ただ登場人物の年令(光源氏との年齢差)は分からないことが多いので、推測も交えたアバウトでとらえればいいかと思います。アバウトと言っても時間の経過の具合、登場人物は何才になっていたのか、年上か年下かなどを頭に入れて読むと理解も深まるかと思う訳です。

(問題) 六条院で春秋論争をした紫の上と秋好中宮との年令関係は?

   → 私が読んだところでは秋好中宮=-9 だから紫の上の方が1つ年上になります。

年立、年令のところは厳密には分からないところ多いので本も余りみかけません。学術論文にはあるのでしょうがね。。

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この時代の婚姻制度

源氏物語は光源氏が多数の女君を相手に繰り広げる恋愛ドラマです。妻がありながら次から次へと様々な女君に迫りゆく光源氏。およそ今の時代とはかけ離れた有様にこんな馬鹿げた話には付き合えないと遠ざかってしまう人も多い筈です。

そこで源氏物語入門書では大抵第一章で「この時代は一夫多妻制であり、皇族・貴族は多くの妻を同時に持つことが許された」などの説明がなされているものです。「そうか、やはり時代が違うんだ、許されるんだ、いいなぁ、、」なんてことで納得してしまうのが一般的でしょうか。私もそう思っていました。

ところがもう少し厳密に考えるとそうではないようです。この時代の婚姻制度は一夫一妻制であったと言うのです。

「源氏物語の結婚」平安朝の婚姻制度と恋愛譚(工藤重矩・中公新書)

最近出た本です。源氏物語の筋からして説得力あるなあと思いました。

ポイントは、結婚成立の条件は律令で決められており法的に妻と認められるのは一人のみ。正式な結婚は親(又は親代わり)が認めるもので、三日間続けて夫が妻のもとに通い三日夜の餅で世間に結婚を披露して(露顕=ところあらわし)初めて正式な夫婦になるというもの。
上記以外は正妻ではなく愛人・愛妾にとどまり妻としての立場、社会的待遇等において差があった由。

これからすると光源氏の正妻は葵の上のみ。葵の上が亡くなった時が次の正妻を迎えるチャンスで、六条御息所でも朝顔でも朧月夜でも、ウルトラCとしては桐壷帝の死後なら藤壷でも正妻にできる可能性があった。でも作者はそうはせず、紫の上を第一の女性として(紫の上は正妻にはなりえない)光源氏栄光の道への伴侶とするのです。

そして第二部はG40年2月、14才の女三の宮が正妻として降嫁してくるところから始まる。そりゃあ何も起こらない筈がないってことであります。

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閑話 奥の細道について

私を古典の道へと誘い、ひいては源氏物語まで導いてくれたのは芭蕉の「奥の細道」でした。歴史に興味があり古典もやりたいとは思ってたもののどう入っていったらよいか分からない。奥の細道は著名にして短編、古文も比較的分かり易い、紀行もので内容的にも理解しやすい、、これなら読めるだろうと挑戦したわけです。俳句をやってみたいなと思ってたこともありました。

正解でした。奥の細道は今からざっと300年前(実際には323年前だがアバウトで考える方がいい)、彼が追い求めた西行・源平の時代はそれから500年前だし、色々出てくる故事・伝承・歌枕は更にずっと昔のこと。歴史を感じると言うことはそういうことかなと刺激を受けたものです。芭蕉の時代=300年前はほんの少し昔に思えたものです。

奥の細道は5月16日(新暦)深川を発ち10月初大垣にたどり着くまで150日間で2400KMを踏破した道中を記した紀行文です(実際にはなかったフィクションが多く「偉大なる虚構」ではあるが)。俳句が63句載せられています。この俳句を実際の季節に合わせ味わうべく「奥の細道」を読むときは芭蕉の旅程に合わせ読むのがいいと思っています。

因みに7月下旬の時期は出羽三山を巡り酒田に居るところです。
  涼しさやほの三か月の羽黒山 (7月21日@羽黒山)
  雲の峯幾つ崩れて月の山 (7月22日@月山)
  暑き日を海にいれたり最上川 (7月30日@酒田)
酷暑の中苦労して旅を進めている様子が実感として分かるかと思います。この句を冬、炬燵の中で読んでいてもピンと来ないのではないでしょうか。

奥の細道から西行のことを調べ平家物語を読み、百人一首を覚え始めました。そして源氏物語へと辿りついたのです。

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源氏物語 構成と成立

源氏物語の構成と成立、学術的な受け売りを披露するつもりは毛頭ありませんが、素人考えにも次のように考えるのが妥当だと思います。

 第一部 1.桐壷から33.藤裏葉 まで =光源氏が昇りつめる光の物語
 第二部 34.若菜上から42.幻 まで =光源氏人生後半の陰が差してくる物語
 第三部 43.匂宮から54.夢浮橋 = 光源氏亡き後、子~孫世代(薫と匂宮)の物語

これは誰しも異論のないところです。

大事なのは第一部の構成・成立で、第一部33帖は主メロデイたる「紫の上系」と従としての「玉鬘系」の二つの系統に分けられ、書かれた時期も主題も異なる、、、というものです。
その内「玉鬘系」(大野晋はb系と呼ぶ)は
  2.帚木 3.空蝉 4.夕顔 (この3帖は帚木3帖と呼ばれる)
  6.末摘花 
  15.蓬生 16.関屋
  22.玉鬘23.初音24.胡蝶25.蛍26.常夏27.篝火28.野分29.行幸30.藤袴31.真木柱
   (22から31まで玉鬘10帖と呼ばれる)

確かに二系統は物語も違うし筆致も違うように感じます。読んで行くにあたっても帚木3帖は一括りにし、玉鬘10帖はわずか2~3年のことだが結構長い、でもここは玉鬘結婚物語として一気に読んでしまうといった工夫、頭の切り替えが必要かと思います。

第三部の最初の3帖、43.匂宮 44.紅梅 45.竹河(3つ合わせて竹河3帖と呼ばれる)これは専門家の間でも色々言われているが紫式部が書いたとは思えないお粗末な内容で面白くないし、私たち素人はサッと読み飛ばすことでいいかと思ってます。(いい女だった玉鬘の後年が描かれていてがっかりする)

何れにせよ構成と成立色々あるんだということを頭に入れて読むのがいいと思います。

(参考文献で挙げた「源氏物語」(大野晋・岩波現代文庫)が通説だろうか)       
  

 

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紫式部と石山寺 湖月伝説

(一ヶ月経ちました。長くもあり短くもあり。ペースも大分掴めてきました。でも書くのは難しい、「固いなあ」と思います。まあ根が真面目なので仕方ないですが、、、。もう少し力を抜いて「柔らかく」したいと思っています。でもそれができれば苦労はない、、、ゴルフといっしょです)

2010年12月講読会完読記念旅行と銘打ってメンバー6人で源氏物語ゆかりの地を訪れました。先ず宇治に直行し平等院、宇治上神社、源氏物語ミュージアムに行きそこから大津の石山寺に廻りました。石山寺、私は初めてで予備知識も余りなかったのですが大いに感銘を受けました。

ものがたりを書くよう命ぜられた紫式部が石山寺に参詣し琵琶湖に映る仲秋の名月を見て霊感を受け「須磨」の巻から源氏物語を書き始めたという伝承の「源氏の間」やら紫式部の銅像やらを見ました。勿論伝承にすぎないのでしょうが、ロマンチックでいいじゃないでしょうか。

石山寺は当時から有名だったようで源氏物語の舞台そのものにはなってないが何度となく登場します。名前どおり岩石が豊富で風情のある寺だと思います。

北村季吟の「源氏物語湖月抄」はこの伝承から名付けたものでしょうし、季吟の弟子でもあって近江・琵琶湖をこよなく愛した芭蕉も石山寺は何度も訪れているようです。寺には芭蕉の句碑が立っています。

  「あけぼのはまだ紫にほととぎす」 
    (曙は枕草子を思わせるが次の紫は源氏物語そのものだと思います)

  「石山の石にたばしる霰かな
    (石山寺の石、「たばしる」がいいですね)

我が愛する芭蕉と紫式部の接点の地として石山寺は強く印象に残っています。

(オマケ)
 奥の細道の最後の方(福井色の浜)で芭蕉は「寂しさや須磨にかちたる濱の秋」と詠んでます。勿論源氏物語の須磨を下敷きにしたものでしょうが須磨が負け。う~ん、せめて引き分けくらいにして欲しかったと思います。

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話の流れ

源氏物語のテーマは何か、何を書こうとしたのかなど学者・研究者・評論家は色んなことをおっしゃってます。色んな面があって共感する部分も多いのですが、それらは読み終えてから考えればいいでしょう。

ただ長く複雑な源氏物語を原文で読もうとなると大体どんな話なのかポイントはどこかなど予備知識として知っておく方がいいと思います。あらすじやダイジェスト版などは一杯出てるし、「ここだけはおさえておけ、源氏物語のツボ」なんてのもあるかと思います。

先入観を与えるつもりは毛頭ないのですが、全編を読んだ後で私が感じたところを記してみます。
 
第一部前半  1桐壷 ~ 13明石
 「桐壷」は物語の初め、時代・舞台・登場人物の関係などキチンとつかむ。
 「帚木」前半はつまらない、「空蝉」の所に来て俄然面白くなる。
 「夕顔」は54帖中ベスト5に入る。ここまで来れば大丈夫、もう止められません。
 「若紫」からは本チャンの物語(紫のゆかり)。「葵」と「賢木」は重要。
 「須磨」「明石」で新しい物語(明石物語)が始まる。面白くなるぞと予感される。

第一部後半 14澪標 ~ 33藤裏葉
 都にもどった源氏、栄華への道を登っていく、読んでいて楽しい。
 藤壺が亡くなる「薄雲」は重要。この辺から紫の上と明石の君の心理劇が始まる。
 玉鬘十帖、サイドストーリー的に一気に読む。各帖毎に面白い。玉鬘はいい女です。
 六条院の完成、源氏の最盛期で大団円。
 
第二部  34若菜上 ~ 42幻
 「源氏は若菜から読めばいい」(折口信夫) 確かにぐっとトーンが変わる。
 源氏・柏木・夕霧vs.紫の上・女三の宮・落葉の君・雲居雁、、三角関係のオンパレード
 「あわれ柏木!」 「あわれ紫の上!」 「あわれ光源氏!」 で幕が閉じられる。

第三部  43匂宮 ~ 54夢浮橋
 竹河三帖はすっと通り抜ける。そして宇治十帖、これはたっぷり半年はかかる。
 最初は重いしややこしい、「ウジウジするな薫!」と叫ぶこと数度。
  浮舟が出てきてパッと面白くなる。「浮舟物語」これこそフィナーレ。
 「やっと宇治まで辿りついた」という満足感が待っていま~す。

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源氏物語の巻名

源氏物語五十四帖にはそれぞれ何とも優美な巻名がつけられています。この巻名は作者がつけたものか後世になって誰かがつけたものかも説が分かれているのですが、素人の私は「そりゃあ紫式部がつけたのさ、だって天才なんだもん」と考えています。

巻名の由来は人物(特に女君)の名前、舞台、出来事などですが、54の巻名を並べてみると実に雅な気持ちになります。特に漢字表記がいいのです。読みにくいけどいかにも王朝文学に相応しそうな巻名。この読み方が分かったときは嬉しくなったものです。

是非順番に並べ読み方を覚えてください。源氏物語が大分分かった気分になれると思います。

私が読みにくかったのは、
 紅葉賀=もみじのが、 花宴=はなのえん、 蓬生=よもぎう、 絵合=えあわせ
 少女=おとめ、 梅枝=うめがえ、 御法=みのり、 椎本=しいがもと
 総角=あげまき、 手習=てならい、 夢浮橋=ゆめのうきはし

この巻名は大多数が物語中の和歌に詠まれています。歌を覚えるのも巻名の入ったものを選べば覚えやすいし、物語の流れを掴むにもちょうどいいと思います。

例えば、、
 空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな(空蝉)
 神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れるさかきぞ(賢木)
 入日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる(薄雲)
 立ち寄らむ蔭とたのみし椎が本むなしき床になりにけるかな(椎本)
 ありと見て手にはとられず見ればまた行く方もしらず消えしかげろふ(蜻蛉)

どうぞ、お楽しみに。

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結婚年齢について

王朝時代の結婚については先に記したが、結婚年齢はとてつもなく早い。露骨に言えば男女とも生殖可能年齢になったら結婚もよしということであったのだろうか。家系を継いでいくという観点から天皇家も貴族もできるだけ早く結婚して子を成していくという考えだったようだ。成人式のことを男は「元服」(初冠=ういこうぶり)、女子は裳着といいこれが終われば(終わると同時に)即結婚という例が多い。

光源氏が結婚したのは12才、相手の葵の上は16才。冷泉帝は11才で元服し12才の頭中の娘を後宮に入れている。今上帝も早い。13才で元服、頭中の娘と源氏の娘(明石の中宮)が入り寵愛競争を繰り広げる。明石の中宮は11才で入内し13才で若宮を生んでいる。この今上帝は誠に健康的、ドンドン子供が生まれている。それにしても14才の父親13才の母親とはいとけない話であります。
そして第二部の冒頭女三の宮が源氏に降嫁してくるのも14才です(この時源氏39才)。物語としては面白いんだろうけど、年の差婚も甚だしいところです。

一方、なかなか結婚しない(できない)女性も多い。紫式部自身も25~27才でやっと結婚しているし、源氏物語でもそれぞれ理由はあるにせよ秋好中宮は21才玉鬘は23才での結婚。これらは遅い方であったのでしょう。

そして皇女(天皇の娘、孫)はよほどいい相手がいないと結婚できない。従って一生独身で過ごす皇女も多かったようで、宇治十帖のテーマはまさしくここから発せられているのです。

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貴族 官位 受領階級

平安王朝は無論のこと身分社会であり、国の支配はごく限られた人々の手にあった。この時代の官人は位階制によって序列づけられ権限・給与・生活ぶりなど厳しく差別がされていた。何たって衣服の色が違うし邸宅の広さも路頭での礼も乗り物も身分次第、上にはいいが下にはたまらない社会だったのでしょう。

解説書からの知識をまとめると、平安京の総人口は約10万人。官位一位~五位までが貴族で200人前後、家族を入れて約1000人、即ち全人口の1%。その内高級貴族である公卿(三位以上)は2~30人で国政は専ら彼らが大臣・納言などの職につき行っていたのです。

公卿クラスは世襲で下の者の手には届かない世界でしたが、ポイントは貴族との分かれ目の六位→五位。昇進に向けて様々な猟官運動、自己申告、付け届けなどが行われたようです。まあこれは今の官民の世界でもそんなに変わりはないのでしょうか。

異動通知(除目=じもく)は通例正月でこの時の悲喜交々は枕草子に詳しく描かれています。源氏物語の主人公たちは生まれつき貴族なので除目など余り関係ないが、源氏が息子の夕霧を敢えて六位から出発させるというところで官位制のことが語られています(第二十一巻「少女」=源氏の教育論が述べられる興味深い部分でもあります)。

そして成り上がり貴族が求めたのが「受領=ずりょう」、全国68ヵ国の県知事です。これになると蓄財ができる。大国になるか中小国に止まるか、これも大きな境目であったようです。例えば播磨の守は大国で明石物語はここで大富豪になった明石入道から始まるし、大河ドラマの平清盛も播磨の守でした。

受領階級は中下級貴族と言われるが中央を目指して子女に教養をつけさせたもので紫式部も清少納言もそして中宮定子の母(百人一首54番)も受領階級の娘なんです。教養ある女性を求めるなら受領階級からというのが定番であったようです。

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賜姓源氏について

高校古文にも出てきたので源氏物語とは紫式部が書いた光源氏を主人公とする物語ということは知ってましたが、何故源氏物語というのかよく分かりませんでした。源氏・平氏と言うと源平の武家の両雄とばかり思っていたものです。

源氏物語を読み始めてやっと源氏の意味するところが分かりました。天皇の皇子が多数生まれそのまま皇族として残しておくと財政的にも大変だし皇位継承で政治的混乱も起こしかねないとして一部の皇子に「源氏」姓を与え皇族から離脱させることにした(臣籍降下)、これが賜姓源氏ということです。

源氏物語は冒頭桐壷帝が寵愛した女性(桐壷更衣)の生んだ第二皇子を臣籍降下させ源氏とするところから始まる、、、それ故に「源氏のものがたり」→「源氏物語」と呼ばれるのです。

何故、藤原摂関政治全盛の時天皇でもなく摂関家でもない賜姓源氏を主人公にした物語が書かれたのか、この辺も論議かまびすしい所です。

ところで桐壷帝には10人も皇子がいたのだが、何故第二皇子の光源氏だけを源氏としたのか。それは光源氏が幼少から容貌も才能も抜群でこのままいくと既に皇太子になっていた第一皇子との皇位継承争いに発展しかねない。また母親は既になくなりその出自も低くとても皇位につける血筋でないし、財政基盤もない、このままでは可哀相なことになるとして桐壷帝が決断したのです。

天皇の皇子で全ゆる面で光輝くスーパースター、でも天皇にはなれない男=光源氏、この設定は如何にも上手いなあと思いませんか。だって何でもできるんですもんね。

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