若紫(1・2) 紫のゆかりの始まり 源氏北山へ

「若紫」春の野のうらわか草に親しみていとおほどかに恋もなりぬる(与謝野晶子)

さて第五巻「若紫」、ここからがメインストーリー紫のゆかりの始まりです。源氏物語はここから語り始められたのではないかと私は思っています。幼い紫の上との出会い、藤壷との禁断の契り。この巻は源氏物語の背骨を形作る「もののはじめ」であります。

巻名「若紫」、これは伊勢物語の初段に因んで付けられたと言われています。

 昔、男初冠して、平城の京春日の里にしるよしして、狩にいにけり。その里にいとなまめいたる女はらから住みけり。この男かいまみてけり。おもほえず古里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、忍摺りの狩衣をなむ着たりける。

 春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れかぎり知られず
となむ、をひつぎていひやりける。ついで、おもしろきことともや思ひけむ。

 みちのくのしのぶもじずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人はかくいちはやきみやびをなむしける

作者は伊勢物語の在原業平を意識して光源氏を書いたであろうし、読者も両者のイメージを重ねたのだと思います。

p12 – 16
1.源氏、わらわ病を患い、北山の聖を訪ねる
 〈寂聴訳巻一 p240 源氏の君はわらわ病におかかりになり、〉

 ①G18年3月のこと。夕顔の終わりはG17年11月であった。
  源氏は夕顔の死の後ショックで大分長患いしているが18才になってまた病にかかっている。
    → 何だ病気にばっかかかってるじゃないという感じですが、、、。

 ②わらわ病=マラリアふうの病気とあるが、マラリアではないだろう。風邪をこじらした(ししこらかした)程度じゃなかろうか。

 ③北山のなにがし寺、これは鞍馬寺と覚えておくのがいいだろう(覚えやすいから)。

 ④春とくれば霞。京の町の桜は散っているが山桜は今が盛り。源氏は身分柄めったに京の外には出れなかったのだろう。病とは言えけっこうランラン気分で行ったのではなかろうか。

 ⑤聖(老いた高徳の僧)。病気となると医者にかかるがごとく加持祈祷をしてもらわねばならない。

2.源氏、なにがし僧都の坊に女人を見る
 〈p242 源氏の君はしばらく外にお出になり、〉

 ①「つづら折の下に」この表現からなにがし寺を鞍馬寺と言うのだが、この表現は枕草子「近うて遠きもの」の中に「鞍馬のつづらをりといふ道」とあるのに依っている。源氏読みに枕草子が役立ってる一例か。

 ②「なにがし寺」「なにがし僧都」「なにがしの岳」、ぼかした表現。

 ③「聖」と「なにがし僧都」の関係。どちらも鞍馬寺に勤める僧で聖がトップ、僧都はその下ということだろうか?

 ④思いがけず女性の影がちらつく、随身たちの話に源氏も聞く耳をたてる。
    → 面白くなりそうです。

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若紫(1・2) 紫のゆかりの始まり 源氏北山へ への4件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    若紫の巻名の云われ、詳しい説明、有難うございます。
    紫式部 在原業平 河原左大臣が想像され、いろんな和歌が交錯していますね

    病いも重篤でなければ静養を兼ねて気分転換になり源氏にとっては新鮮だったでしょう。
    「こじらせる」ことを「ししこらかす」と言うのですね。
    使ってみたい!!風邪をこじらせたときにね。

    ライバルであった人の枕草子もちゃんと挿入しているのはさすがです。
    「をかしげなる女子ども、若き人、童なん見ゆる」 例の源氏の好奇心が膨らんで読むほうも期待感にワクワクです。

    • 清々爺 のコメント:

      おっしゃる通り和歌やら物語が交錯しておりドンドン連想が発展する場面ですね。

      奈良の春日野 → 若紫 → 武蔵野 → 陸奥 → しのぶもじずり

      在原業平 → 河原左大臣(源融) → 光源氏 

      そして芭蕉も登場する。「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」(@信夫の里)

      もじずり = ねじり花 = ネジバナ (奈良暮らしからにも出てきましたね)

  2. 進乃君 のコメント:

    プロローグである桐壺に続く帚木・空蝉・夕顔の3帖は清々爺も
    「桐壷-若紫-紅葉賀と続く「紫のゆかり」系とは別に書かれ後から
    挿入されたというのが通説です」、と言うように、いまひとつ感情移入が
    出来ず(予備知識もなじみも無かったので)、着いて行くのが
    しんどかったのですが、やっと、源氏物語の最高のマドンナが登場!
    この超絶美少女・紫の上の登場シーンは、読み手をいやが上にも引き込みます。
    白き衣、山吹などの 萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる
    子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。
    髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり
    。」
    とか「髪ゆるるかにいと長く、 めやすき人なめり。」「つらつきいと
    らうたげにて、 眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、
    髪ざし、いみじううつくし。『 ねびゆかむさまゆかしき人かな』と、目とまりたまふ。」

    そして、読み進むうちに、(突如) 源氏は既に葵の上が本妻であることを
    思い出してしまいます。上手いですね、この展開の仕方は。
    清々爺がどう言う角度から説明をされるのか、楽しみです。

    • 清々爺 のコメント:

      いやぁ、よく予習してますねぇ。感心感心。その調子です。

      おっしゃる通り帚木3帖はメインストーリーでないのでいきなりは読みづらいかもしれません(正直私もそうでした)。帚木3帖&末摘花は飛ばして桐壷-若紫-紅葉賀と読むのがいいという人もいるくらいです。

      さていよいよ若紫の登場。名場面です。ご期待に沿えるようなコメントができるか自信ありませんがいっしょに読み解いていきましょう。

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