葵(1・2・3) 冒頭部分 世の中の変化

【お知らせ】
 式部さんの朗読「葵」を全巻アップしました。ただブログ作成システムの変更で従来とは違った形式になっています。クリックしていくとWindows Media Playerによる再生になってるかと思います。コンテンツそのものは従来通りですのでどうぞご愛用ください。

「葵」恨めしと人を目におくこともこそ身のおとろへにほかならぬかな(与謝野晶子)
  (与謝野晶子の歌、私には難解ですが解説書をみつけました。下記で検索してください) 
    libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/2981/1/KJ00004859909.pdf

テキストも3冊目に入り第九帖「葵」の巻です。若紫-紅葉賀-花宴と進められて来たメインストーリーがダイナミックに展開する重要な巻です。一言で言えば「葵の上と六条御息所との源氏を巡るガチンコの三角関係」ということでしょうか。サイドストーリーとは違ったすごく重い話です。

p12 – 16
1.桐壷帝譲位後の源氏と藤壷の宮
 〈寂聴訳巻二 p144 桐壷の帝が譲位あそばされて、〉

 「花宴」の終わりがG20年3月。これから2年経っている。
 空白のG21年の出来事 →ここを押さえておくことが必要 
  ・桐壷帝譲位 藤壷と仙洞御所(どこにあったか場所不詳)で隠居生活
  ・朱雀帝即位 母弘徽殿女御が皇太后になり宮中に住む
  ・藤壷腹皇子立太子 源氏は右大将に昇進し春宮を後見
  ・世の中は朱雀帝の外祖父右大臣方(弘徽殿女御方)の勢いとなっている 

2.伊勢下向を思案する御息所と源氏の心境 
 〈p145 それはそうと、あの六条の御息所と、〉

 ①六条御息所の本格的登場 出自をしっかり捉えておきたい
   父:ある大臣 母:出て来ない → でも超上流だった筈
   東宮(桐壷帝の弟)に嫁いで15~16才で女子を産む
   東宮間もなく死去 宮中から六条邸に下がり未亡人生活
   源氏より7才上でこの時29才(斎宮になる娘は13才)
   (源氏と関係ができたのはG16年ころだから6年経っている)

   即ちもし東宮が死ななければ中宮になっていた訳で未亡人といっても格が全く違う。財産も莫大で教養も容貌も抜群、、、、そういう極上の貴婦人であったということをしっかり頭に入れておくことが肝心です。

 ②斎宮=伊勢神宮 斎院=賀茂神社 神に仕える未婚の皇女

 ③桐壷院にしてみれば六条御息所は故弟の未亡人。源氏がおろそかに扱うことは許せない。そこで説教する。

   いづれをもなだらかにもてなして、女の恨みな負ひそ 
    → お前はどうなんだ!桐壷更衣を偏愛したのは誰だ!って野次りたくなる 
  
  六条御息所の悩みは深い。

3.朝顔の姫君の深慮、葵の上の懐妊
 〈p147 そうした噂をお聞きになるにつけても、〉

 ①朝顔の姫君がチラッと登場する。この女君はチラチラとしか出て来ず本格登場は「朝顔」の巻

 ②突如結婚9年目にして初めて葵の上が懐妊していることが述べられる。唐突。
  → 子を身籠るのは愛情の賜物という考えからすると二人の間に変化あったのか

   

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葵(1・2・3) 冒頭部分 世の中の変化 への3件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    式部さんの朗読画面が少し変わりましたね。
    でも読みっぷりは相変わらず優雅、なよやかそのものです。

    巻名によれば源氏と源典待の交わした歌(和歌省略)から「あふひ」による、とありますがこれは「葵の上」にかけた言葉でしょうか?
    あおいと読まずにあふひと発音するのですね。

    花宴から二年の空白。
    帝が譲位され、その間に宮中の力関係も変化しているようですね。
    注釈の古歌「我を思ふ人を思わぬむくいにやわが思ふ人の我を思はぬ」
    なるほど~言えてるな~と思いました。

    今まで御息所が物語に登場したのは夕顔でチラホラでしたが今回は御息所の心情にも踏み込んだ表現になっているようです。
    身分もプライドも高い御息所の嘆きが聞こえてきそうです。

    朝顔の君、賢明な女性のようですね。
    今回二度目の登場に思いますが素顔はどんな女性でしょう。

    葵の上の懐妊、つれない源氏だってそれを知ればうれしく思わないわけがないでしょうね。

    • 式部 のコメント:

      巻名を「あおい」と読むか、「あふひ」と読むか、迷ったのですが、単に耳で「あおい」と聞いただけでは伝わらない思いがあるような気がして「あふひ」と読みました。
       脚注にあるように「葵」「逢ふ日」の掛詞です。葵上、六条御息所、源典侍、一般の人々にとって源氏の君を見られる「あふひ」という気持ちでそう読みました。

  2. 清々爺 のコメント:

    青玉さん 式部さん ありがとうございます。

    1.式部さんの朗読「あふひ」と読まれてるのすごくいいと思います。
     この巻の名前を「あふひ」(葵)と付けたのは作者でそれは梗概にあるように源典侍との歌の「あふひ」から取ったのでしょう。一方「葵の上」と言うのは読者が後から「あふひの巻で生涯を閉じるあのかわいそうな姫君」ということで呼ぶようになったもので物語中には一切「葵の上」とか「葵の君」とかの呼称は用いられていません。

     これからすると「葵の上」(けっこういい呼び名と思います)の名付け親は源典侍だったということになりませんか。 →この部分次回の投稿とダブっているかと思います。

    2.葵の上が妊娠していることが唐突に述べられますね(4月のこの時点で妊娠6か月くらいか)。大分前から源氏には分かってた筈でこれまでのよそよそしい態度を改めもっともっと愛情深く接することはできなかったのでしょうか。私には不満です。

      めづらしくあはれと思ひきこえたまふ とあるけど、どうも喜びの様子・労わりの様子が今ひとつ伝わってきません。

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