須磨(18・19) 須磨の冬 & 明石の入道の思い

p82 – 90
18.須磨の源氏、流竄の思いに嘆きわびる
〈p74 須磨のほうでは、〉

 ①須磨での暮らし全てが初体験で珍しく興味深かったものの日が経つにつれ、下人たちの態度にもさすがにストレスがたまってくる。

 ②冬になりて雪降り荒れたるころ、、、
  須磨での様子は春夏秋冬と歳時記風に語られている。
   春 須磨に到着 p52
   夏 長雨のころ p54
   秋 名文須磨の秋 p70
   冬 本段 p84
   春 二度目の春 p90

 ③漢籍・和漢朗詠集・菅家後集を引用して意に反して遠くへやられた人(王昭君・菅原道真)のことが語られる。
   「霜の後の夢」 「ただ是れ西に行くなり」
   →これらが頭に入っていた教養人はじーんと来て源氏の想いを共有できたのでしょうか。そうでない普通の読者は紫式部はすごいなあ、源氏もすごいなあと感心するしかありませんね。

 ④源氏 友千鳥もろ声に鳴くあかつきはひとり寝ざめの床もたのもし
  この歌を本歌としたであろう次の歌を定家は百人一首に選んでいる。
  大した歌人でもない源兼昌の歌を選んだのは定家の源氏物語重視からであろう。
  No.78 淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいくよ寝覚めぬ須磨の関守(源兼昌)

 ⑤源氏の日々の仏道精進のことが語られる。須磨での1年が源氏の内面を強くしたことは間違いなかろう。人生どこかで挫折を味わった方がいい、、、源氏物語が教育書である一面でしょうか。

19.明石の入道、娘を源氏に奉ることを思う
 〈p77 明石の浦は、〉

 「明石物語」と呼ばれるストーリーがここから開始される。 
 ①須磨(摂津)と明石(播磨)距離はわずか8KMだが須磨は畿内、明石は畿外で感覚的に相当な隔たりがあった。源氏も畿内に留まらず畿外まで行ってしまうのか、、、。

 ②良清が登場する。良清は現播磨守の息子、元播磨守の明石の入道一族のことをよく知っており、娘(明石の君)はレベル的にも自分の妻に相応しいと思っている。→道理であろう。
  ところが明石の入道の思惑は全く違う。

 ③明石の入道の系図をしっかりおさえておきたい。
  明石の入道 父は某大臣、この某大臣と桐壷更衣の父(按察大納言)が兄弟
        即ち明石の入道と桐壷更衣はいとこ同士
        入道は明石に留まっているが娘を貴人に娶せようと固く決心している
        按察大納言が桐壷更衣を入内させたことに習おうとしている
        そこに源氏が現れた。これ以上のチャンスはない
        
 ④入道と尼君の会話が面白い。この尼君は極めて現実的でリーズナブルな考えの持ち主である。明石物語のどの場面でも入道や明石の君を時には諌め、時には励ます。人徳の人だと思います。
  →そして何と晩年には孫が中宮に、ひ孫が東宮になる。「明石の尼君」は幸い人の代名詞と言われるのです。 
 
 ⑤明石の君の登場。
  このむすめすぐれたる容貌ならねど、なつかしうあてはかに、心ばせあるさまなどぞ、げにやむごとなき人に劣るまじかりける

  →顔立ちはよくはない(はっきり言われている) 
   身分的にも元播磨守の娘で桐壷更衣よりも低い。普通で言えば良清こそが釣り合いのレベル。とてもじゃないが源氏の妻(の一人)になれる身分ではない 
  →このことをしっかり捉えておくことが大事だと思います。
        

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須磨(18・19) 須磨の冬 & 明石の入道の思い への4件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    No.78 淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいくよ寝覚めぬ須磨の関守
    定家がこの歌を百人一首に選んだ理由は源氏の和歌があったがゆえとは、源兼昌は源氏物語に感謝ですね。

    さて、明石の上登場、最初この姫君に魅かれました。
    美人ではないけど上品でおくゆかしく控え目、何事にもしゃしゃり出る私にとってはすべてが憧れの対象。
    イメージが変わらないかどうかしっかり読みこんでいきたいです。

    明石の入道、大それた望みを抱きいよいよ行動開始、志が大きく立派、男はこれぐらいでなくっちゃ・・・
    それにしても明石の上、両親に恵まれていると思いません?
    父と母は対象的(理想派と現実派)な性格だけどとても良い組み合わせです。
    この両親にしてこの娘ありと冒頭から感じさせられるものがあります

    20・21はお稽古から帰ってコメントさせていただきます。

    • 清々爺 のコメント:

      お忙しいところありがとうございます。

      1.須磨・淡路島・千鳥の取り合せは源氏物語からでありNo.78源兼昌の歌で定着したということのようです。
       
      源氏物語をこよなく愛した藤原俊成(定家の父)には次の歌があります。
       須磨の関有明の空に鳴く千鳥かたぶく月はなれも悲しや(新古今集)

      2.明石の君(明石の上とは呼ばない方がいいでしょう)、おっしゃるように両親に恵まれていると思います。大望を抱いた入道一族がどのように大望を掴んで行くのか。成功物語であり教育書でもあります。楽しみながら読み進めて行きましょう。

        

      • 青玉 のコメント:

        そうですね、紫の上とは違いますものね。
        でも明石の上と呼ばれる日は来るのですか?それともずっと明石の君?

        • 清々爺 のコメント:

          女君の呼び方は別に本文中にある訳でなく読者による呼称なんですが、「、、の上」は正妻、北の方的な呼び方なので源氏物語では「葵の上」「紫の上」だけですかね。特に明石の君は投稿でも書きましたが身分的に問題があることを意識して(「明石の上」とは呼び得ない身分の人であることを意識して)「明石の君」「明石の方」と呼ぶのがいいかと思います。テキストは「明石の君」で統一していますので私もそうしています。

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