須磨・明石に行ってきました

春休みで娘一家のいる姫路に来ています。ゆっくりゆったりと春を満喫しています。以下行状メモです。

1.須磨離宮公園に家族で行楽
  子どもの森 フィールドアスレッチック & 児童遊園 長いすべり台
  爽やかな一日で遊具もちょうど小学校低学年下に合ってて皆大喜びでした。

2.甲子園へ 準々決勝2日目 穏やかな野球観戦日和
  ①高知 2-0 仙台育英
   高知の酒井・坂本を仙台育英が打てなかった。終盤波乱あるかと思ったのだが。

  ②済美 6-3 岐阜商
   大阪桐蔭を破り番狂わせを演じた岐阜商、応援したのだけど藤田が疲労困憊で6回までしか登板できず継投を試みるもリリーフ陣が8回に炎上した。惜しかった。安楽は151キロ出してさすがだった。

  久しぶりの甲子園、じっくり2試合見れて堪能した。一つ感じたのは死球が多すぎるということ。インコースを攻めるのが推奨されてるせいかと思うがコントロールに未熟な高校生投手が打者の胸元ギリギリをつくというのはやり過ぎではないか。これも勝利至上主義のなせるところだろうか。

3.お目当ての須磨・明石 姫路→須磨はJRで1時間足らず

  ①須磨 駅を出るとすぐ浜辺、このあたりで主従が歌を唱和したのかと感じ入った。
   ・現光寺(光源氏住居跡)駅のすぐ北、浜辺もごく近い。きれいにされていた。芭蕉他文人達の碑も多く源氏物語が古来愛されてきたことを思い知る。

   ・須磨関所跡(関守稲荷神社) 現光寺の西、小高くなっている。ここが関所だったとなると海からすぐ山になっていたことがよく分る。淡路島も近くに見えNo78源兼昌の歌を思い出した。 

   ・須磨寺 10分程登ったところ、立派な佇まいです。
    平安初期開基ということだけど源氏物語には出てこない。紫式部が知らなかったのか無視したのか、、、。須磨の巻の描写に須磨寺からの鐘の音やら、須磨寺の阿闍梨の話やらあったら面白かったろうに。
    寺は専ら平家物語。敦盛の青葉の笛、弁慶の鐘、、直実と敦盛の場面
    
   源氏物語と平家物語が併存する須磨、いいところでした。

  ②明石 正しく須磨から浦伝い、淡路島が目の前、海辺の街の感じ
   源氏物語ゆかりの地を訪ねたが何れもお呼びでない感じ。住宅地の中でもあり浜の近さ、山辺への道どりなど感じることはできなかった。

   ・善楽寺 浜の館と寓せられているところ。明石入道の碑がある。江戸時代の明石城主が無理やりここに源氏物語の世界を設定した。でもこの城主、エライですね、多分必死に源氏物語を読んだのでしょう。

   ・無量光寺 善楽寺のすぐ隣。光源氏住まいの跡という。それにしては、ちょっと寂しい。

   ・ここから岡辺の宿へ6KMの道が始まっている。でも6KMは遠すぎでしょう。1KMでも十分浜から遠ざかる筈、この辺の設定については「物語が分かってるのかいな」と疑問を感じました。

 須磨・明石、総じて鄙びた浜辺で直ぐに山が迫っている狭隘な場所との実感です。淡路島が目の前。海は外に開く入口でもあり、外への道を閉ざす壁でもあることをつくづくと思いました。

 物語的には京より離れ2年半を過ごした源氏、須磨・明石をどれほど遠く感じたのかを慮るのは難しいですが、京とは全く違う目の前に海、直ぐ後ろに山の姿にはショックを受けたのではないでしょうか。
 
4.姫路城前 三ツ山大祭
 図らずも20年に一度の祭りに遭遇した。三つの置き山、面白いもんです。
 20年に一度となると3回前は1953年。私が小学校に入学した時、当時の映像もあって懐かしく楽しめました。

 姫路城の桜も満開。現存する天守閣が日本に12ある由でその50分の1模型が展示されてましたが姫路城が断トツ圧倒的であった。本当かしらとやや疑問を感じた程(@県立博物館)

明日、流山に帰ります。。。。    @姫路

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須磨・明石に行ってきました への8件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    御家族お揃いで春休みを存分に堪能されましたね。

    須磨離宮公園、甲子園、姫路城も忘れるぐらい昔に行ったきり、最近は琵琶湖以西の関西方面はとんと御無沙汰気味。

    須磨、明石のレポート有難うございます。
    そう言われれば須磨寺の事は源氏物語に一行も出てきませんね。
    結構有名なのにね。
    時代や人物に想いを馳せながら物語や歴史ゆかりの舞台を訪ねる旅・・・いいですね~
    唯一、明石入道の碑があると言うのも面白い。
    なんとか源氏物語と結びつけたかったのでしょうね。
    前に海、後ろには山が迫る・・・余りにも迫りすぎる偏狭の地は都から比べれば異郷に思えるでしょう。

    海は外への道、概して海育ちは解放的で磊落の感あり。
    山育ちの私には憧れでもあり異郷でもあります。
    明日から又山がつ暮らしです・・・

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      毎日ののんびりの中にも節目ができてよかったです。リフレッシュしてまた源氏にとりかかろうと思っています。

      毎度の故郷通いご苦労です。お気をつけて。。

  2. 式部 のコメント:

    清々爺さん、家族一緒に楽しく春休みを過ごされている様子が伝わってきます。お孫さんと遊べてよかったですね。
     須磨、明石の詳しい説明ありがとうございます。
     下調べ充分ということで、源氏物語読了記念旅行先、今度は須磨、明石コースがいいですね。案内よろしくおねがいします。それを楽しみに頑張って読み続けましょう。
     「須磨寺」すこし調べました。「枕草子」の中の「寺は、壺坂ーーーー」の段にもでてきませんね。あるのは大和、山城、近江、紀伊の寺ですね。もしかしたら、そのころ都ではまだ有名ではなかったのかも知れませんね。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      素晴らしい朗読をキチンとやっていただいてありがたいです。励みになります。寝る前に一つ二つ聞かせてもらう習慣になっています。これからも名場面が続々と登場します。楽しみです。どうぞよろしくお願いします。

  3. ハッチー のコメント:

    清々爺へ

    須磨・明石・姫路の春休み、ゆっくり楽しめて良かったですね。
    ちょうど今明石を読んでいるところですので、興味深くレポートを読ませてもらいました。
    明石は鯛と蛸それにあなごが大阪地方では旨いと有名だったと記憶しますが、食べましたか。灘のお酒もうまいですよね。
    小学生のころ、義理の叔父が国鉄大阪に勤めており、小生も大阪にいましたので、祖母と伯母家族と、夏休み、舞子にあった国鉄の保養所に泳ぎに何度か行ったことがあり、懐かしく思い出しています。
    小生もそのうち行ってみたいです。では、また。

    • 清々爺 のコメント:

      コメントありがとうございます。

      そうでしたか。須磨から明石まで山陽電鉄の各停で行ったので舞子のあたりの海岸の様子がよく分かりました。夏は(特に今より我らが小学生の昔は)随分と賑わったのだろうなと思いました。私も津で伊勢の海を見て育ちましたので改めて、海はいいなぁ、と思いました。

      明石の君とは出会えたでしょうか、エンジョイしてください。

  4. ハッチー のコメント:

    6月17日神戸に行く用件があったので、その前に明石・須磨に立ち寄りました。

    東京から新幹線で西明石,一駅戻って明石。清々爺が教えてくれた善楽寺と無量光寺を訪問、善楽寺は後付けらしいので、イマイチ気持ちが乗りにくいのですが、お寺としてはそこそこの印象、無量光寺は光源氏の元屋敷跡と言われても確かに面影は感じられませんでした。でも蔦の細道は名前が良いせいか何となくそうなんだと思えました。いずれにせよ、読んだばかりの巻なので、結構感激しました。駅への途中海辺にでて、明石大橋を見物。明石海峡は狭く潮の流れが早いので、船の難所と聞いています。
    あとは、穴子、鯛、タコのお寿司と明石のお酒を昼食で頂き、更に感激。

    JRで須磨に移動、列車の窓から見えるこの辺り松林が素晴らしい。関東の浜辺であまり松林を見ないように思いますが、小生だけか?
    “明石の浦はただはひわたる程なれば”と言うほどは近くない。
    駅到着後7分ほど歩いて関守稲荷神社を訪問、小さな神社だったが、爺が教えてくれた
    淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいくよ寝ざめぬ須磨の関守
    の歌碑あり、昔は海が一望されたはず。
    次は歩いて5分、光源氏の住居跡、現光寺へ、こじんまりしているが綺麗なお寺。この辺り阪神大地震で被害が大きかったのか、新しい家や道路ができ、新興住宅街の趣。
    読みさして月が出るなり須磨の巻  子規
    “今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく”、須磨の月は綺麗だろうと思いました。

    あとは須磨寺、大きな立派なお寺。爺の訪問記を読んだとおりのお寺。

    かたつぶり角ふりわけよ須磨明石  芭蕉 の鉢伏山近辺は時間切れで行けず。

    春の海ひねもすのたりのたりかな 蕪村?も須磨辺りで読まれた俳句ですか。

    妻ともども、旧友と会い、神戸泊。

    6月18日、京都の蘆(草冠なし)山寺へ、紫式部が住み源氏物語を書いた住居あと、立派なお寺で、絵巻の複製やら絵合わせの貝などあって、面白い。
    源氏庭なる庭園あり、桔梗が名所、まだ季節が早かったが3-4輪咲いていて感激。
    下賀茂神社にも行って、その後用件を済ませ帰ってきました。

    ダラダラ取りとめもなく失礼しましたが、自分でもびっくりするぐらい、書いています。
    内容に間違いがなければ良いのですが。

    楽しく源氏の旅ができ、清々爺に感謝、感謝。

    • 清々爺 のコメント:

      コメントありがとうございます。

      本当にフリーな生活をエンジョイされてますね。その楽しみの一つに源氏物語が入ってきているようで私としては嬉しい限りです。

      1.須磨・明石を歩いて益々源氏物語が身近に感じられよかったですね。でも考えてみると不思議なものです。だって光源氏住居跡とか明石の入道浜の館なんて言われても所詮は架空のお話ですものね。でも芭蕉も子規も現光寺を訪れて光源氏を偲んでいる。源氏物語の偉大さであり、その偉大さが現地訪問で増幅する。相乗効果ということでしょうか。

       蔦の細道も何となくそう思える。そんなものでしょう。ちょっと先取りになるのですが明石の入道が本願成就の後明石の山中に消えて亡くなります。あの辺りどこかに「明石の入道終焉の地」なんてできると源氏物語マニアには堪らないでしょうけどね。

        (念願の穴子・鯛・タコが食べられてよかったですね)

      2.廬山寺のレポートありがとうございます。このあたり道長の土御門殿の近くで紫式部はこの廬山寺と宮中と土御門殿を往来し彰子に仕えながら源氏物語を書いたのですね。今度京都に行くときは必ず行きたいと思っています。

      (余談) 廬山寺の「廬」、変換で出て来ないなら平仮名検索でも何でも廬山寺が出てくるののを見つけコピペ(Copy&Paste)するのがいいと思います。どんな字でも読めればすぐ打てますよ。

      3.内容の間違い気にしないでドンドン書いてください。勘違いや思い込みは人間の証し、度さえ越えなければいいじゃないですか。

      4.蕪村の「春の海ひねもすのたりのたりかな」はどこで詠まれたか知りません。ちょっとググった限りでは丹後ではないかとありましたが分かりません。日本海より瀬戸内海の方が似合いそうですけどね。(でも源氏物語での春の海は須磨から明石に移る大荒れのイメージですけどね)

      それじゃ、またどこか行ったら書き込んでください。 

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