若菜上(21) 紫の上による四十の賀

p127 – 134
21.紫の上の薬師仏供養と、精進落しの祝宴
 〈p95 十月には、紫の上が源氏の院の四十の御賀のために、〉

 ①G39年10月 紫の上が源氏が造営した嵯峨野の御堂(今の清凉寺)で薬師仏供養を行う。
  →丁度紅葉の頃で嵯峨野はきれいだったろう。
  →紫の上にとっては初めての嵯峨野行きではなかろうか。

 ②10月23日 これも紫の上主催で二条院で精進落しの祝宴
  →玉鬘の若菜の宴も1月23日。23日が源氏の誕生日だったか(脚注5)。

 ③二条院は紫の上の一番心安まる邸宅。
  →六条院には女君多く住んでおり気が安まらない。今後二条院に帰る機会が増える。

 ④楽宴となり舞・謡が披露される。
  夕霧(権中納言)と柏木(衛門督)が登場、落蹲を舞う
  いにしへの朱雀院の行幸に、青海波のいみじかりし夕、思ひ出でたまふ人々は、
  →G18年10月紅葉賀が思い出される。22年前のこと。
  →源氏(18才)&頭中(23才)vs 夕霧(19才)&柏木(25-6才)
  →若き二人の目出度い様子
  
 ⑤紅葉賀となると当然藤壷のことが思い出される。
  故入道の宮おはせましかば、かかる御賀など、我こそ進み仕うまつらましか、何ごとにつけてかは心ざしをも見えたてまつりけむと、飽かず口惜しくのみ思ひ出できこえたまふ
  →藤壷が亡くなったのは8年前@薄雲。源氏の心から藤壷が消えることはない。
  →そして藤壷の姪が女三の宮なのである。

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若菜上(21) 紫の上による四十の賀 への4件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    嵯峨野と言えば源氏が明石の君の元へ通う口実に使われていた途中に当たるのでしたね。

    これからの嵯峨野きっと紅葉が素敵でしょう。
    源氏物語を偲びながら嵯峨野散策、いいですね。行きたくなります。

    若菜から紅葉の季節へと紫式部は季節感も大事にしていますね。

    そして舞いや謡の楽宴。夕霧と柏木の舞い。
    読者も過ぎにし紅葉賀の場面を懐かしく思い出します。
    二人の青年は昔の父達に比べ優るとも劣らない頼もしい男ぶりです。

    またもや思い出すのは藤壺のこと。
    源氏の脳裏から藤壺は終生忘れ得ない存在なのでしすね。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.正月六条院春の町での玉鬘による四十の賀宴(若菜)に対して紫の上は嵯峨野で供養と二条院で紅葉の賀宴を行う。おっしゃる通り紫式部お得意のシンメトリーで対比が素晴らしいと思います。

       嵯峨野の紅葉、昨年歩いたこと思い出しました。先日の台風で天龍寺あたりも大分やられたと聞きました。今年も楽しみにしている人大勢おられる筈で回復していてもらいたいものです。

      2.投稿でも書きましたが紫の上は殊更意識をしていないにせよ六条院春の町での女三の宮と同居に何とも言えない圧迫感を感じていたのではないでしょうか。この頃に「できたら早く出家して二条院で仏道修行の日々を送りたい」との気持ちが生まれたのかもしれません。

  2. 青玉 のコメント:

    「朗読で聞く源氏物語」第二夜
    先月に続いて第二夜は「野分」と「御法」
    野分は既に学習を終えている箇所なので朗読を聞いていてもわかりやすく相槌がうてました。
    今の季節にピッタリの場面で野分冒頭の中宮のお庭に始まり夕霧が紫の上を垣間見る場面等を淡々と柔らかに又感情こめての語りにうっとり・・・
    しわぶき一つしない静寂なしじまにゆったり流れる異空間。
    御法はまだ未知の場面ですがそのせつなさと哀しみが胸に伝わる語りでした。

    終わってみれば何だか異次元の世界から戻ったような不思議な感覚を覚えました。
    今回は友人とご一緒しましたが気持ち良い空間に身をゆだねて幸せな時間だったそうです。
    西田さんとご一緒に記念撮影もしていただきました。
    なお西田さんの朗読、今回で一区切りをつけられるようなお話振りでした。
    又とないチャンスをいただいたと感謝です。

    清々爺さんが買われた朗読で聞く源氏物語絵巻を私も買いました。
    又後日ゆっくり聞いてみたいです。
    日ごろ式部さんの心地よい朗読に馴染みつつ清々爺さんはじめ皆さんとの交流のおかげと感謝の思いでいっぱいです。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。ご報告心待ちにしていました。

      昨晩が後の月(十三夜)だったのですね。折しも野分(台風26号)去った後で情況もピッタリでしたね。これだけの舞台背景の下、当代第一人者による源氏物語の京ことば朗読に聞き入る。さぞ気持ちよかったことでしょう。徳川園と西田さん、それを聞きに行く青玉さんに拍手を送りたいと思います。

      野分の冒頭部分読み返してみました。15才の夕霧は野分に感謝したことでしょうね。玉鬘十帖には何で仲秋の名月が出て来ないのかと不満だったのですが、野分みたいな一見無粋なものも風流仕立てで賞味する、それも又面白い、、、ということを紫式部は言いたかったのでしょうか。花に嵐、月に叢雲&野分、、天気・天候に文句を言うことできませんものね。

      また何かありましたら聞かせてください。

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