鈴虫(8・9) 秋好中宮の出家願望と源氏の諌止

p74 – 82
8.源氏、秋好中宮を訪れ、出家の志を諌める
 〈p124 源氏の院は秋好む中宮のお住居のほうへ〉

 ①秋好中宮は冷泉院(仙洞御所)で冷泉院と静かに暮らしている。
  →中宮は明石の君と同年の41才。ついに子どもには恵まれなかった。

 ②中宮、母六条御息所のことを語る(この件重要)
  母御息所が成仏してないと聞くにつけ中宮は辛く、出家を願う。
  →とんでもないと源氏は諌める。
  →冷泉院もいるしここで中宮が出家するのはまずかろう。

 ③中宮 みづからだにかの炎をも冷ましはべりにしがなと、やうやう積もるになむ、思ひ知らるることもありける。
  源氏 その炎なむ、誰ものがるまじきことと知りながら、朝露のかかれるほどは思ひ棄てはべらぬになむ。
  →往生要集(源信)の焦熱地獄。当時の人々は恐ろしがったことだろう(脚注)

9.源氏、六条院へ帰る 秋好中宮の道心すすむ
 〈p129 昨夜はそっと人目を忍んで身軽にお出かけになりましたが、〉

 ①源氏、3人の子どもについて思う。
  春宮の女御=明石の女御 御ありさまならびなく、斎きたまへるかひがひしさ
  大将=夕霧 いと人にことなる御さま
  冷泉院 なほこの冷泉院を思ひきこたまふ御心ざしはすぐれて深くあはれにぞおぼえたまふ
  →結局源氏にはこの3人しか子どもができなかった。母は明石の君・葵の上・藤壷

 ②秋好中宮の一生は幸せだったのだろうか。
  G9年 誕生 母は六条御息所、父は先の東宮(父はすぐ亡くなった)
  G22年 母御息所と葵の上 車争い  
  G23年 斎宮になって母と伊勢へ下向
  G29年 伊勢から帰京 母源氏に遺言を残して死亡 源氏に引き取られる
  G31年 冷泉帝に入内(源氏と藤壷の政略)
  G33年 中宮になる
  G35年 六条院完成 秋の町を里邸とする
  G36年 紫の上と春秋論争
  G39年 明石の姫君裳着で腰結役
  G40年 源氏四十の賀 諸寺に布施
  G46年 冷泉帝譲位 仙洞御所(冷泉院)に移る

  →何れも淡々としていて人間味に富んだエピソードがないので人物評価は難しい。
  →やはり子どもができなかった(紫式部が作らせなかった)のが大きいのでは。

かくて間奏曲的な短い巻が終了し、長い夕霧物語(夕霧)へと進みます。  

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鈴虫(8・9) 秋好中宮の出家願望と源氏の諌止 への5件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    中宮の出家願望はひとえに亡き母御息所の罪障消滅だったのですね。
    母を想う中宮の気持ちが哀れでせつないです。
    源氏自身も出家願望を抱きながらも人間の煩悩 俗世の業に縛られ思うがままにはならない・・・

    冷泉院の退位は父源氏にもっと対面できるかと思いきやお互いになかなか心のままにはいかない・・・
    やはり冷泉院に対する源氏の心には深いものがあるようですね。

    中宮 何ごとも御心やれるありさまながら・・・
    とありますが実際その一生はたして幸せだったのでしょうか?
    6年にも及ぶ伊勢の斎宮、そして母御息所の苦しみと死、中宮になるも子どもには恵まれない、今は静かに追善供養の日々。
    何ともさびしい人生だと思わずにはいられません。

    ここは短い巻ではありましたが人生の無常感、ある意味人間の根源に迫る内容でした。

         夕月夜命はかなき鈴虫の
            ふりにし声の音も澄みゆけり

    • 清々爺 のコメント:

      「人生の無常観」、実にうまくまとめていただきました。ありがとうございます。

      1.冷泉院と秋好中宮、この二人についてはエピソードなど余り語られておらず感情移入がしにくいのですがどんな夫婦関係だったのでしょうかねぇ。感じとしては冷静で控えめ、感情の起伏の少ない二人のように思えます。ある意味理想の天皇と中宮なんでしょう。朱雀帝の時代とは違った聖代を源氏の子冷泉帝に託して描き出している。。。そんな解説をどこかで読んだ気がします。

      2.鈴虫の歌、お見事です。中秋の名月、すだく鈴虫。しみじみとした気持ちになります。

  2. 式部 のコメント:

      いくら物語とはいえ冷泉院のことを詳細に書くのは、はばかられたでしょうね。
     私は、冷泉院と秋好中宮との関係は立場上望ましいあり方のように思います。
     帝位にある時も院になられてからも、その立場にふさわしいあり方を常に考え自らを律して過ごされたお二人だったのだと思います。それは素晴らしいことだと感じます。
     2~3日前に読んだ本ですが、面白くて参考になると思います。未読の方読んでみてください。
     中公新書、工藤重矩著「源氏物語の結婚」~平安朝の婚姻制度と恋愛譚」
     ①平安時代、結婚成立の条件は律令(養老律令)のなかの戸令(戸籍・相続の法令)に定められている。
     ②法的には一夫一妻制 (現実には一夫一妻多妾)
     ③正妻との関係は恋の物語の主たる対象にはならない

     等々、源氏物語の女君にあてはめて書かれているので、なるほどと納得できることが多かったです。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.冷泉院と秋好中宮の振舞い、おっしゃる通りです。当時と現代では国家における天皇の位置はまるで違いますが現代における皇室のあり方を考えるにもヒントになるかと思います。

      2.関連本の紹介ありがとうございます。私も読みました。興味深かったです。未読の方は読まれるといいと思います。

        ウオームアップ  「この時代の婚姻制度」(2012.7.25) も参照下さい。

      • 青玉 のコメント:

        清々爺さんと式部さんのコメントを拝読し、改めて2012・7.25の「この時代の婚姻制度」に遡って見ました。
        紹介の御本はすでに図書館が休館で読むことができません。
        後日読んでみたいと思います。
        冷泉院と秋好中宮の結婚は他の姫君のようにドラマチックで興奮するようなものではないけれど穏やかなものは感じられます。
        単純にさびしく不幸であったとは言い切れないかも知れません。
        華やかでなくてもお互いに理解しあい生々しい現実とは無縁なのも天皇家の好もしいあり方かも知れませんね。
        波乱万丈に慣れすぎるとこう言った静かで控え目な態度をつい見逃しがちになります。

        こう言ってはとても恐れ多いのですが先日の天皇誕生日の陛下のお言葉が心の内をよぎりました。

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