夢浮橋(10・11・12) 源氏物語 最終段

p302-308
10.浮舟、薫の手紙を見、人違いと返事を拒む
 〈p364 尼君がそのお手紙を引き開けて、〉

 ①薫の手紙
  「さらに聞こえん方なく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひゆるしきこえて、今は、いかで、あさましかりし世の夢語をだにと急がるる心の、我ながらもどかしきになん。まして、人目はいかに。
  →懲りもなく詰問調の薫の手紙。浮舟の心は冷えるばかりであろう。
  →浮舟が入水を決意するに至る薫からの詰問文「人に笑はせたまふな」が思い出される(浮舟p257)
  →浮舟としては「えっ、私の罪は許してあげるだって、、、笑わせないで」という気持ちではないか。

 ②薫 法の師とたづぬる道をしるべにて思はぬ山にふみまどふかな 代表歌
  →源氏物語795番目最後の歌である。
  →思い迷う歌で終わっている。源氏物語の終わりの象徴であらん。

 ③妹尼に返事をと責められて窮する浮舟
  「、、、すこし静まりてや、この御文なども見知らるることもあらむ。今日は、なほ、持て参りたまひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし
  →誰一人浮舟の心を知る人はいない。孤独な浮舟、可哀そうである。
  →先般の手紙を送り返した浮舟。今回も結局返事は書かない(書きようがない)。 

11.小君、姉に会わず、むなしく帰途につく
 〈p367 主人の尼君が、この小君に、少しお話しして、〉

 ①妹尼→小君
  「物の怪にやおはすらん、例のさまに見えたまふをりなく、なやみわたりたまひて、御かたちも異になりたまへるを、、、、、、かくいとあはれに心苦しき御事どものはべりけるを、、、、いとどかかることどもに思し乱るるにや、常よりもものおぼえさせたまはぬさまになん
  →この日になって事の経緯(浮舟と薫のこと)を初めて知った妹尼、今まで何故浮舟が固く心を閉ざしていたのか分かったのではないか。
  →でもそんな浮舟にどう対処すればいいのか、、まだ妹尼にも分からない。
  →小君にはこのまま帰ってもらうしかない。

12.薫、浮舟の心をはかりかねて、思い迷う
 〈p368 まだかまだかと薫の大将は小君の帰りをお待ちでしたのに、〉

 最終段です。
  いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくて帰り来たれば、すさまじく、なかなかなりと思すことさまざまにて、人の隠しすゑたるにやあらんと、わが御心の、思ひ寄らぬ隈なく落としおきたまへりしならひにとぞ、本にはべめる

 ①薫は一体どんな気持ちで浮舟に文を送ったのでしょうか。

 ②小君からの報告を聞いてどう思ったのでしょうか。
  
 ③人の隠しすゑたるにやあらん、、
  →尼姿の浮舟なのに、、、

 ④紫式部の源氏物語は「落としおきたまへりしならひにとぞ」で終わっており、「本にはべめる」は後世の人が付けたということのようですがよく分かりません。

 これにて源氏物語終了となります。2年に亘る長い間お付き合いいただきありがとうございました。引き続きクールダウンで余韻を楽しみたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
  

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夢浮橋(10・11・12) 源氏物語 最終段 への6件のフィードバック

  1. 式部 のコメント:

     僧都も妹尼も浮舟と薫との関係を知っただけで、この驚愕ぶりです。
     この上、匂宮との関係もどこかで知ることがあったら浮舟の対処の仕方に納得がいくのではないでしょうか。
     当時の日本の仏教(密教)は貴族社会との結びつきによって成り立っていたわけですから、僧都といえどもどこかで折り合いをつけて現世的なものの対処をせざるを得なかっただろうと思うと僧都も哀れですね。
     薫の現世への執着も、本質的な仏教の教えはいつも心にありながら、自らの拠って立つ貴族社会を肯定していることから生じていると思います。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      そうか、仏教と貴族社会との関係はそんなことだったのですね。仏教は体制社会に組み込まれていた。いかに徳の高い僧都と言えど権力者側につかざるを得なかった。そういうことですか。納得です。

      権力側は仏教を利用して人々の心に食い込む。仏教側も権力側に寄り添い保身を図る。持ちつ持たれつ共存の世界だったのですね。薫と僧都の関係が正にそうですね。

  2. 青玉 のコメント:

    今更薫に返事を書いて何になるでしょう。
    白けるばかりじゃないですか。
    まして「さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひゆるしきこえて・・・」なんて。
    私ならバカにしないでよ!!と言いたい所です。
    浮舟の孤独に心底寄り添える人が一人もいないのは不幸としか言いようがありません。

    結局人違いだと称して返事を拒まれ帰途に着いた小君。
    新生を予感させる浮舟に対して最後の薫の浅薄な邪推はいかにも見苦しい。

    本にはべめる
    余りにも唐突であっけない終わり方には空しい余韻が響くばかりです。
    落としおきたまへりしならひにとぞ
    余韻嫋嫋とは程遠いものがあります。

         幻世(まぼろよ)の松明遠く小野の里
             夢ぞ儚きうたかたの戀

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.冷静な青玉さんも「バカにしないでよ!」と叫びたくなりましたか。誠にごもっともです。普通なら長編を読み終えた読者は嫋嫋とした余韻にうっとりと浸りたいところですもんね、、、全くねぇ。まあ逆な意味でこれほど強烈でインパクトある終わり方もないのでしょう。良しとしましょうよ。

      2.54首目の歌、浮舟には遠くに見えた松明はほんに夢か幻に思えたことでしょう。お見事です。よくぞ最後まで続けていただきました。心より感謝申し上げます。

  3. 青黄の宮 のコメント:

    清々爺さん、2年強に渡る名解説、誠にご苦労様でした。最初に、この大事業を成功裏に成し遂げた清々爺さん、毎回名コメントで清々爺を励ますとともに毎帖内容を反映した素敵な和歌を作られた青玉さん、そして全文を朗読された式部さんに対して心から深い敬意を表し、大きな拍手を送りたいと存じます。

    それにしても、夢浮橋最終段でジ・エンドというのは長編の源氏物語にしては余りにもあっけない幕切れではないかという感が拭えません。紫式部は何故このように突然源氏物語を終了させたのか、清々爺の解釈をお聞きしたいのですが、如何でしょうか。

    夢浮橋においても、薫は人間として欠陥を益々露呈していますね。具体的には、①皆様が指摘されているように、薫はいつも自己中心的で浮舟の思い詰めた挙句の行動や絶望的な思いを斟酌したり理解しようとしない、②世間体を気にして、自ら浮舟を訪ねることなく、僧都に手紙を依頼したり、小君を偵察に差し向けたりといった自己保身的な態度に終始する、③浮舟が男に囲われているなどという下劣で卑しい想像をする。

    匂宮役を割り当てられている小生としては、浮舟が生きていると知ったら、匂宮はどうするかを考えてしまいます。多分、匂宮は自己保身など考えずに自ら浮舟の下に飛んでいくのではないでしょうか。そして還俗するように口説こうとするでしょう。浮舟が還俗を拒否しても、匂宮は浮舟の出家への強い決意を素直に受け入れ、薫のような下劣な想像をすることはないと信じます。好色かもしれないけど、匂宮は薫とは人間の品格が違うと言えるのではないでしょうか。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.青黄の宮さんは匂宮役でよかったですねぇ。おっしゃる通り薫の欠陥リストは益々積み上がっていきますもんね。全くもうこれ以上はカンベンしてよ!って感じです。弁護人は最後まで依頼人の弁護をし続けるべきなんでしょうがちょっと力尽きました。薫の人格を変えるのは無理でしょう。薫が(自分は反省しないまでも)浮舟のことに懲りてこれ以上他の姫君に手を出すことがないよう祈るばかりです。

       匂宮は楽チンでいいですねぇ。心の欲するままに振舞い矩を超えてもまあ許される。そんな身分でありお人柄ですからね。浮舟失踪直後(少なくとも薫に見つかる前&浮舟が出家する前に)に匂宮が浮舟を見つけ出していたらどうなっていたか、、、、。これは「一局の将棋」だと思います。

      2.「紫式部は何故このように突然源氏物語を終了させたのか」
       全く予想外の終わり方ですもんね。皆さんの受け取り方も同様だと思います。私の考えは色々書きましたのでご参照ください。紫式部がどれほど意図的だったかは分かりませんが結果として残るメッセージは「もうこれ以上話の展開の余地はない。男と女が心を通わすのはかくも難しい」ということかと考えています。

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