源氏物語は古文である

源氏物語の原文は名文だと言われるが「無類の悪文だ」だとこき下ろした正宗白鳥に代表される嫌悪派も多いようです。名文かどうかはともかく古文であることには間違いありません。

古文と言うとどうしても受験勉強の思い出につながります。私も古文は大の苦手でした。文法やら語法やらさっぱり分からない、って言うか実にあいまいにしか思えない。数学や理科なら答えは一つしかないんでスッキリしているのだが古文となると解答を見てもよく分からない。かくて苦手意識が芽生え嵩じて嫌悪感を持ってしまう。大方の人はそんな具合じゃないでしょうか。

古典をやるにあたって確かに古文には抵抗がありました。でも17才じゃ分からなかった色んなことがこの年になってくると見えてくる。そうすると古文も段々と分かってくるのです。

古文と言えど日本語であることに変わりはありません。外国語ではありません。主語・目的語・述語の順番も今と同じ、即ち古文法などと殊更に考えることもないのです。

一つ一つの言葉をとらえても現代とは語義が違ってきているのもありますが、それはむしろ少数で大半は同じ言葉が使われているのです。古文法・古文の単語などと殊更強調されることもないのです。、、、居直りと言うか割り切りでしょうか。

どの部分だったか忘れましたが「大和魂」という言葉が出てきた巻があり、「へぇっ、こんな言葉使われてたんだ」と感激したことありました。その部分に行きましたらポイントアウトします。

私は源氏物語を読むにあたり、古文の受験参考書にざっと目を通しましたがそれだけです。古語辞書も特に引いていません。テキストの語釈だけで十分ついて行けますから。

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源氏物語は古文である への6件のフィードバック

  1. 青玉 のコメント:

    おっしゃる通り日本の古い文章ですもの。
    私、漢文よりずっと解りやすいし親しみが持てますね。
    まあ、漢文も読めなくても漢字からある程度意味を推測することは可能ですが。

    良い文章かどうか判断する力はありませんが流麗な調べの文章は聴いていて気持ち良いものです。
    音楽のように抽象的で感性に訴えるものではないけど似たような部分もあると私は思っています。
    意味はわからなくても何度も繰り返し読むうちに自ずと解るようになると聞いたことがあります。
    好きな箇所を諳んじたり するのも一つの方法かもしれないですね。
    とにかく私は少女のように何となくワクワク、ドキドキです。
    小難しい文法だけは避けて通りたいですけど。

    • 清々爺 のコメント:

      紀元1000年、まだ仮名文字ができてさほどもたってなかった時期に今どきの文章読本にあるような文章を求める方が無理というものでしょう。そんな中あれだけの緻密な構想を持った長編が書かれたことこそ奇跡だと思います。時代は変わる、今の我々は先人の注釈ガイドでギャップを補いながら1000年の昔にトライバックする、、ということでいいんだと思っています。

  2. 万葉 のコメント:

    たしかに古文の授業というと必ず文法がどうのこうのというのがあって辟易してました。未然、連用、終止、連体。。。。日本語は仰るとおり古今文法は同じです。今の時代に生きていても30歳くらい若い人たちとはボキャがまるで違います。1,000年も昔ならさらにボキャが異なるのは当然ですよね。ま、そういう風に考えて、言葉を舌の上にのせて響きを楽しむこととしましょう。
    そうです。日本語というのは本来美しいのです。
    できるだけ美しい日本語を友としていたいものです。

    • 清々爺 のコメント:

      語彙・語義の変遷、その通りですね。ブログを始めて広辞苑をよく引きますが(電子辞書です、、、これ便利ですねぇ)、用例として引かれているのは圧倒的に源氏物語です。辞書編纂者も先ず源氏物語にあたるんでしょうか。源氏物語にそれだけ多くの言葉(今も使える)が含まれているんだと思います。

      日本語は美しい、万葉集の冒頭の歌なんぞハナから諦めてましたが、お勧めに乗って何度か口ずさんでみるとこれが又なかなかリズムがあって気持ちいいのです。

  3. 青黄の宮 のコメント:

    購読会のメンバーだった私の経験を踏まえてコメントすれば、最初はやたらと長い文章が多いのに戸惑いました。英語、特にアメリカ英語では一つのことを一文で表し、その短文をなるべく接続詞を使わないで、歯切れ良く並べるのが名文であると習いましたが、源氏物語はそれとは全く異なり、いくつかの短文を繋いで一文となっている場合が多いので、切れ目を見付けるのが一苦労でした。
    その内に、音読する、ないし音読を聞けば、切れ目は自ずと分かってくるということでした。宮廷のサロンで声の良い女房たちが音読するのを聞いて楽しんだ源氏物語の由縁を考えれば、源氏物語は聞く小説として書かれたのであろうと思った次第です。

    • 清々爺 のコメント:

      忙しいところ、コメントしていただきありがとうございます。

      ホント文章が長い。テキストは原文と言っても分かり易いように監修者が懇切丁寧に句読点を入れ、濁点を加え、会話をくくり、段落の改行もなされている。それでもダラダラと長く、「いい加減にしてくれ」と言いたくもなります。テキストに自分で区切りを入れて読むしかないですね。

      源氏物語がもともと聞く小説として書かれたのかどうかには異論がありますが、本にするには書写しかなかったこの時代、複数人に同時に伝えるには読み聞かせが一番だったのでしょうね。

      朗読は貴重です。本ブログでも目論み中、ご期待あれ。。

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